アビリティを使って行動を説明するという独自ルールにこだわる訳

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あまおち顔アイコン_小.jpg もう一週間ちょっとまできたゲームマーケット2016春だが、そこで新作TRPGルールブック「悪の秘密結社RPGヴァリアントSNS」を発表することとなった。
 もう入稿も締め切り通り終わっているので、問題なく当日は頒布することができると思う。
 
 ところで今回のオリジナルルールは「MSSクトゥルフ神話との邂逅」とかと違い、MSSの名前を冠していない。
 今回はネット特化ということでサイコロを使わないルールを作ったので、厳密にはMSSではなくなったのでMSSとは付けていないのだが、しかし結局は似たような行為判定となった。
 
 つまりは「所持しているアビリティを使用し、どう行動するかを説明する」という判定方法なのである。
 
 この方式、わりと人を選ぶというのはもう何度も何度もいろんな人から言われたので分かっているのだが、それでもオレは、こだわってこのシステムを採用し続けている。
 それはなぜか。
 RPGがRPGになる前は、「ごっこ遊び」がその前身であって、そのごっこ遊びに原点回帰するのがこのシステムだと思っているからだ。
 
 ごっこ遊びって誰でも子供の頃やってる経験があるはずだ。
 ルールなんかないけど、とにかく「オレは○○になって、△△を使って、××をするんだー」とか、男の子でも女の子でも、それがヒーローもののチャンバラなのか、家庭的なおままごとなのかは、ともかく、そういう遊びをしていることだろう。
 それってつまりはこういうことだと思うんだよね。
 想像の中の自分を、想像の中で行動し、それを現実の自分で表現する
 この説得力は、決してサイコロなどのランダム性にゆだねられるのではなく、あくまで自分の表現力で決まっているのだ。
 より廻りを納得させられれば、それが多少強引であっても、ごっこ遊びの中では正義となる。
 根拠は人それぞれだが、要は他人を納得させられる力があるかどうかにごっこ遊びはかかっている。
 そしてRPGの原点がここにあると思うのだ。
 
 もちろんこれ以外はRPGではないなんて言うつもりは毛頭無い。
 とにかくスキルを使いまくりさいころの数を増やして成功率を上げるっていう方法も、これは現代にまで先人達が多くの努力を積み重ねてTRPGを作ってきた歴史の賜なのだから、それは当然尊重されるべき遊び方だ。
 そして事実として、この方法がいま多くの人に受け入れられている。
 それは素晴らしいことだと思う。
 
 ただオレは、ごっこ遊びに近い方法の遊び方が、最近は少なくなっているんじゃないかと感じているので、せめて自分が作るルールではそっち方向に傾いたルールを作ろうとしているってことなんだよね。
 
 
(つづく)
 

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